不正指令電磁的記録罪に関する問題

日本の開発者にとって懸念すべき案件が相次いでいる。

例えば、Coinhive事件。2018年6月に、サイトにスクリプトを埋め込んで、閲覧者のPCでマイニングすることでサイト公開者が仮想通貨を得ることができるCoinhiveを導入した者が全国各地で相次いで逮捕、書類送検される事件だ。今も地裁で裁判が続いており、3月27日に判決が言い渡される。

もっと最近でいうと、無限アラート事件。今年3月4日、中学生、無職男性、建設作業員の3人が、同じメッセージが無限に表示されるページへのリンクを貼ったことで補導や家宅捜索された事件である。

これについて、自身の考えで述べたい。もちろん様々な意見があると思う。

この2つの事件で関わってくる法律というのが、刑法第六十八条の二、第六十八条の三の不正指令電磁的記録に関する罪。
以下がその法律だ。

第十九章の二 不正指令電磁的記録に関する罪
(不正指令電磁的記録作成等)
第百六十八条の二 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
2 正当な理由がないのに、前項第一号に掲げる電磁的記録を人の電子計算機における実行の用に供した者も、同項と同様とする。
3 前項の罪の未遂は、罰する。
(不正指令電磁的記録取得等)
第百六十八条の三 正当な理由がないのに、前条第一項の目的で、同項各号に掲げる電磁的記録その他の記録を取得し、又は保管した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。

この法律は本来、ウィルス、マルウェアの作成、提供、保管を取り締まるために作られたものだ。

さて、この二つの事件では、ウィルス、マルウェアにあたるかどうかが問題になってくる。

Coinhive事件を見てみよう。
Coinhiveは、Webページに埋め込んで、訪問者の演算能力を利用してマイニングを行うことで、設置者が仮想通貨を得られるものである。データを盗んだり、壊したり、PCを使えなくしたりするものではなく、訪問者のPCの計算能力を利用しているだけである。したがって、ウィルス、マルウェアであるとは言えないだろう。

では、無限アラート事件ではどうだったか。
このようなスクリプトが組み込まれたページへのリンクを掲示板に貼り付けただけのようである。

for ( ; ; ) {
window.alert(“メッセージ”)
}

このスクリプトの動作は、プログラミングができる人には簡単に分かると思う。アラートが無限に表示されるだけであり、他に影響を与えることはない。データが消えるとか、PCが壊れるとか、そういった害は皆無である。アラートを止めるには、ブラウザを閉じるだけでいい。したがって、こちらもウィルス、マルウェアではないと考える。

しかしながら、どちらもウィルス、マルウェアとは言えないにも関わらず、「不正指令電磁的記録に関する罪」が適用されてしまっている。

処罰の対象として、「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録」と定められている。

Coinhive事件では、警察・検察は裁判において、「訪問者の同意なし(明示せず)に、訪問者のPCを利用して仮想通貨マイニングを行う行為は、違法性がある」と述べている。「訪問者の同意なし(明示せず)に」マイニングプログラムを動かしているのが問題なら、訪問者の同意を得ずに行われているアクセス解析や広告も問題になるのではないだろうか。Coinhiveの挙動が「意図に反する動作」なのか。そもそも、訪問者はそのウェブサイトがどんな挙動をするかを事前に全て把握してはいないので、ほとんど全てのページが「意図に反する動作をさせる」ページであると言えてしまう。Coinhiveが「不正な指令を与える」ものなのか。何を持って不正な指令とするのか、明確でない。

無限アラート事件では、そもそもリンクを貼り付けただけで、スクリプトのページを動作させたことになるだろうか。リンクは、それをクリックすると、意図した別のページへ移動するのが正しい動作であって、不正な動作ではない。リンクを貼ることによって、リンク先のページでの動作を提供しているわけではない。リンク先のページでの動作を提供しているのは、リンクを貼った人ではなく、リンク先のページを作成した人である。リンク先のページの動作が不正だとしても、そのページへのリンクを貼り付けることも「不正」と言えるのだろうか。

以上を考えると、Webページでスクリプトを動かす前に、そのスクリプトがどのような動作をするのかをあらかじめ知らせて同意を得てから動かすようにしなければならない、リンクを貼る場合はそのリンク先のページの動作についても知らせなければならない、ということになってしまうのではないだろうか。同意を得てから動かすようにするには、やはりスクリプトを使わないと実現できないだろう。一個前のページに動作の内容を記述する方法も考えたが、検索エンジンから直接入ってくる可能性を考えると、使えないだろう。スクリプトを使って同意を得るようにするとしても、同意を得るためのスクリプトの動作についてもあらかじめ知らせる必要があることになるのではないだろうか。そうすると、無限ループになってしまう。

この法律の立法当時、激しい議論が行われた。要件が曖昧すぎる、実害は少ないがユーザを驚かせるような、いわゆるジョークプログラムのようなものはどうするか、という議論もあった。議論の結果、法案自体は修正されずに、「捜査等に当たっては、憲法の保障する表現の自由を踏まえ、ソフトウエアの開発や流通等に対して影響が生じることのないよう、適切な運用に努めること」などを求める附帯決議を付けて制定された。しかし、この付帯決議に反して、Coinhive事件や無限アラート事件のように逮捕、補導、家宅捜索されるという、当初から懸念されていた事が現実のものとなる事態になっている。

現在の法律の問題点は主に以下の通りだと思う。

・「意図に反する」の範囲が明確ではない。Coinhiveでは、警察・検察は「(限定された)実害」に絞らず、広くとっている。
・不正な指令かどうかを判断する明確な基準が曖昧。

基準が明確でないことで、これはセーフか、これはアウトかが技術者にとって判断しづらく、実害がないプログラムであっても「違法」だとされてしまう恐れがあり、技術開発が萎縮してしまわないか。
早急にこの法律の運用を停止し、見直しを実施すべきである。

法律が原因で日本のITの発達が妨げられることにならないことを祈るばかりである。

(参考URL)

電子政府の総合窓口 e-Gov – 法令
https://www.e-gov.go.jp/law/

ITmedia NEWS – Coinhive設置で家宅捜索受けたデザイナー、経緯をブログ公開 「他の人に同じ経験して欲しくない」
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1806/12/news078.html

NHK NEWS WEB – 不正プログラム書き込み疑い補導
https://www3.nhk.or.jp/lnews/kobe/20190304/2020003239.html
https://web.archive.org/web/20190309122153/https://www3.nhk.or.jp/lnews/kobe/20190304/2020003239.html (アーカイブ)

Yahoo! JAPAN ニュース – 「IT業界の萎縮を招きかねない」 “ブラクラURL書き込みで中学生補導”、弁護士に問題点を聞いた
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190305-00000100-it_nlab-sci

Yahoo! JAPAN ニュース – 「無限アラート」で女子中学生を補導、「リンク貼り付け」で摘発をどう考えるか
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190307-00009333-bengocom-soci

高木浩光@自宅の日記 – 不正指令電磁的記録罪(コンピュータウイルス罪)の件、何を達成できたか(前編)
http://takagi-hiromitsu.jp/diary/20110716.html

warbler’s diary – コインハイブは不正指令電磁的記録に該当するか?
http://warbler.hatenablog.com/entry/2019/02/26/141003

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